使用航空機

偵察航空隊で使用された航空機は偵察機として大まかにRF-86F、RF-4E、RF-4EJの3機種、連絡、訓練用のF-86F、T-33A、T-4の3機種、ごく短期間使用されたT-28Bの合計7機種があります。

RF-86F

1961年の部隊創設からRF-4Eの導入に伴う1975年の百里移駐まで偵察航空隊の主力として使用されました。
朝鮮戦争時、米軍においては、それまで使用されていたRF-80、RF-84等の偵察機が北朝鮮空軍の脅威により効果的な成果を上げられなくなったため、ヘイメーカー計画として、当時主力戦闘機であったF-86F セイバーのうち-25、-30(主として-30)を偵察機として改修し、運用しました。
航空自衛隊においては、主翼がエクステンデッド6-3ウィング、自動前縁スラット付きのF-86-F-40が主力であったため、航空自衛隊発足時に米軍から供与されたF-86Fのうち-25、-30は使用実績が低く、長期保管となっていました。F-104の導入時に余剰となったこれらの長期保管機にヘイメーカー計画を適用し、RF-86Fとして使用することになりました。
改修は三菱重工で実施されましたが、その際、主翼はF-86F-40と同じエクステンデッド6-3ウィング、自動スラット付きに改修されました。このため、航空自衛隊のRF-86Fは米国をはじめとした諸外国のRF-86Fとは異なり、世界で唯一のものとなっています。

このRF-86FはF-86Fに装備されていた6門の12.7mm機銃をおろし、偵察機器としてK-17、K-22、KC-1B等の光学カメラが搭載されました。このためキャノピーの下に膨らみができ、この膨らみと銃口を模したペイントが外見上の特徴となっています。

また、目標を捕捉するためのファインダーが装備されていないため、パイロットは勘によりトリガーを引いてシャッターを操作していました。この際、1つの目標に対し3枚の撮影を行って2枚目に目標を補足するという神業的技量を要求されていました。

ちなみに小牧基地に所在した米空軍の第15戦術偵察飛行隊(15th Tactical Reconnaissance Squodron)は米空軍仕様のRF-86Fを朝鮮戦争当時から使用していました。また、朝鮮戦争時に使用したRF-86Fの一部は韓国空軍に引き渡され、1980年代まで使用されました。

RF-86Fはすべてが米国からの供与機であったため用途廃止後は米国に返還されましたが、この内、シリアル・ナンバー《62-6428、ex62-7428、ex62-8428》として使用された機体は、現在カリフォルニア州サンタローザにあるPacific Coast Air Museumで展示機として存在しています。展示機の塗装は残念ながら偵察航空隊当時のものではなく、小牧基地に所在した第15戦術偵察飛行隊(15TRS)のものとなっています。

F-86F

航空自衛隊が装備したRF-86Fは18機であったため、パイロットの飛行訓練用として少数機のF-86Fも配備され運用されました。


T-33A

おなじみの「サンサン」です。第1世代のジェット戦闘機として名を挙げたP-80「シューティングスター」を改修して練習機としたもので、世界中の国々でパイロットの養成に使用されました。航空自衛隊においても発足当初から使用され、部隊においては計器飛行訓練、連絡用として運用されました。

本家の米国及び日本でもそれぞれ公式に愛称「shootingstar、若鷹」が定められていますが、「T-bird」あるいは「サンサン」と呼ぶのが一般的です。

T-28B

1962年から1963年までの短い間、偵察訓練機として運用されました。

ノースアメリカンT-28Bは、T-6テキサン練習機の後継機としてアメリカ陸軍航空隊(後のアメリカ空軍)向けに開発されたレシプロ単発練習機です。空冷星型のエンジンと搭載していましたが、ジェット機の操作を強く意識して作られています。

日本では、T-6に代わる練習機として航空自衛隊に売り込みを図るため三菱重工が1954年に1機輸入したものの、航空自衛隊としては『次期中間練習機はジェット機』という方針があったため実現せず、航空実験団で次期練習機のための資料収集に使われたのち、三菱重工で後部胴体に偵察カメラを搭載する改修を受け、偵察航空隊に配備されました。その後、1963年7月3日に宇都宮飛行場でのハードランディングにより用途廃止となり、その後は教材として第1術科学校で使用されました。現在は、浜松基地の広報館で展示されています。

RF-4E

RF-86Fの後継として1974年から14機が全機完成機として導入されました。

RF-4Eは米空軍が使用したRF-4Cをベースに輸出専用型として開発された機種で、エンジンはRF-4CのJ-79-GE-15、F-4EJのJ-79-GE-17に対し、J-79-GE-17Aが搭載されています。その他、細部については輸出先各国の状況に合わせて変更が加えられています。米空軍、海軍、海兵隊では採用されませんでした。

航空自衛隊に導入されたRF-4Eは側方偵察装置(SLR:Side Looking RADAR)を全機に搭載したため、コンフィギュレーションとしては

Forward Station Low-ALT Station High-ALT Station 赤外線
① ローパン機 KS-87B
(斜め前方/垂直)
KA-56E SLRレコーダ AAS-18A
② ハイパン機 KS-87B
(斜め前方/垂直)
SLRレコーダ KA-91B AAS-18A
③ LOROP機 KS-127A AAS-18A

の2種類の形態が基本となっています。①の形態を「ローパン機」、②の形態を「ハイパン機」と呼んでいました。

後に長距離偵察カメラ(KS-127A)(LOROP:Long Range Oblique Photo)が導入されましたが、このカメラはカメラステーションを全て占有するため、パノラミックカメラとSLRレコーダーは搭載できません。

RF-4EとF-4Eの違いは武装の有無だけではなく、HF無線機の搭載、スタビレータのスロットの有無、フォトフラッシュカートリッジベイの有無、#7燃料タンクの有無等があります。

導入当初はF-4EJ戦闘機と同様の塗装でしたが、昭和52年(1977年)秋から順次、迷彩塗装に代わりました。

RF-4EJ

F-4EJの能力向上及びF-15の導入に伴って、余剰となったF-4EJに偵察能力を付与することによって偵察機として運用できるように改修されたものがRF-4EJです。

改修は、偵察機器を外装ポッドに収納して、用途によって使い分ける形で行われました。偵察機器を収納した外装ポッドは3種類あり、長距離偵察カメラ(KS-146B)を収納した「長距離偵察ポッド(LOROPポッド)」、低高度偵察カメラ(KS-153A)、高高度偵察カメラ(KA-95B)、赤外線偵察装置(D-500)を収納した「戦術偵察ポッド(TACポッド)」、「電子偵察ポッド(TACERポッド)」です。

上図では左からTACER POD、LOROP POD、TAC PODの順です。

この偵察ポッドはセンターラインタンクの場所に搭載されるため、RF-4Eに比べて搭載燃料が少なくなり行動半径が短くなるというデメリットもありました。

T-4

T-1、T-33Aの後継として川崎重工が開発、製造した中間ジェット練習機です。部隊においては計器飛行訓練、連絡用として使用されています。