テールマークの由来

RF-86F時代の偵察航空隊の使用する航空機が纏っているテールマークは、初代の生井隊司令が決めたらしいことはどうやら正しいようですが、なぜあのデザインなったのか、デザインしたのは誰なのかは残念ながらわかっていません。

生井隊司令の「これにしろ」という一言で決まったと創隊当時に在籍した方から聞いています。

また、司令が昔、「搭乗していた偵察機が似たようなテールマークを付けていた。」と言う話も伝わっています。

調べてみると、生井司令は航空士官学校を終了後、戦闘機乗りとして飛行第33戦隊(隼)に配属され、終戦まで同隊に所属しています。旧陸軍航空部隊においては、部隊識別と部隊の士気高揚を兼ねて、装備する航空機に独自の塗装を施すと云う文化があったようで、様々な塗装が記録に残されています。この塗装は部隊名称や、部隊に由来する天象、物象、あるいは直接部隊番号をデザインしたものでした。

陸軍飛行第33戦隊は一式戦「隼」を装備して蘭印を転戦しましたが、そのテールマークは部隊名称の「33」をモデファイして垂直尾翼に描いていました。中隊により塗色が変えられていたようです。

生井司令の乗機はこのような塗装が施されていました。

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